糖朝の理念
全てが手作り こだわりの製法です
1991年、香港の跑馬地(ハッピーバレー)で1号店をオープンさせ、
その後、中国、日本、台湾へと進出します。
その味は、グルメ達の舌を唸らせ、
セレブたちを魅了していきます。
中国では、古来「薬食同源」と言われ、
日頃からバランスの取れた食事によって、病気を予防し、治療しようとします。
そして、この「薬食同源」思想は、日本人が造語して、
「医食同源」として広まり、今では、中国に逆輸入されています。
また、中国では、古来「糖水温潤生津」と言われ、
デザートは体を潤し、分泌を促進するとされています。
この「糖水温潤生津」思想に基づき、
糖朝は、昔ながらの製法にこだわり続けています。
人口調味料に頼らず、手間暇をかけ、
「滋養と健康に良いもの」にこだわっているのだそうです。
糖朝の歴史
オープン当初の様子
1969年香港がまだ貧しかった頃のこと
子供たちに幸せな優しい思い出の味を伝えるため
年長者たちは天秤棒を担ぎ
街角でお菓子を売っていました
洪翠娟の親もそんな「年長者」の一人でした
彼女は毎日そんな親の背中を見て育ったのです
糖朝は、香港経済発展の真っ只中、1991年に、
跑馬地(ハッピーバレー)で、産声を上げます。
創設者は洪翠娟という女性で、
「食材そのものの味と昔ながらの製法」を信条としています。
素朴ですが、独創性に富んだ料理を、
精密、忠実に作り続け、その名を。香港中に広めます。
「糖朝」は、英語名が「The Sweet Dynasty」であるように、
元々は、香港式のスイーツショップとしてスタートします。
一家に代々伝わる、滑らかで洗練された豆腐花に、
様々なデザートを組み合わせ、木桶に盛り付けました。
それが、糖朝の看板メニュー「豆腐花」です。
国内外で大人気を呼び、一日2,000杯を記録します。
2000年、新たな顧客のニーズに応えるため、
お粥、麺類、点心及び正統香港式料理を提供し、「広東料理店」へと成長します。
世界へ
日本初出店 東京青山店
2001年、「人文学芸術を感じられる場所」として、東京都青山へ出店し、
日本における「糖朝ブランド」を確立します。
2002年、台湾へ出店、一大旋風を巻き起こします。
忠孝東路四段のお店には、連日2000人が訪れたと言います。
高島屋名古屋店に出店
2005年、日本にセントラルキッチンを設置し、
名古屋へ出店します。
高島屋京都店に出店
2006年、「香港を訪れたら必ず食べたい香港式レストラン」トップに輝き、
京都にも出店します。
高島屋台北天母店に出店
2007年、高島屋デパートと提携し、台北高島屋に出店。
台北のシンボルレストランになります。
2008年、糖朝の杏仁豆腐が、中華航空のヨーロッパ便、日本便のビジネスクラス、
及び、各国首脳の海外訪問専用機のデザートに採用されます。
2010年、台北国際花博覧会の唯一のデザートショップに選ばれます。
また、この年、日本7号店として、高島屋大阪店に出店します。
新生「盛世珍膳甜品王朝」
2011年「盛世珍膳甜品王朝」としてリニューアルオープン
2011年、それまで伝統式デザートショップとして親しまれてきた糖朝が、
「盛世珍膳甜品王朝」として香港式のお食事を提供するようになりました。
スイーツ専門店から広東料理店へ
2012年、台湾では、台北、台南に次いで、台中に出店します。
また、香港内では、香港島に出店しました。
上海旗艦店
ビクトリアピーク店
2013年、上海へ旗艦店を再出店し、北京へも出店します。
この年、東京六本木店、香港ビクトリアピーク店も出店しました。
そして、香港のスイーツ専門店として産声を上げた「糖朝」は、
現在、世界各国で、香港式広東料理のお店として、愛されています。
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